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2019年01月31日

しくじり先生

2017年9月に終了した人気バラエティー番組「しくじり先生 俺みたいになるな!!」(テレビ朝日系)が今春、レギュラーとして復活することが本紙の取材でわかった。放送曜日は未定で、深夜帯になる見込み。単発特番を経て1年半ぶりにレギュラーに返り咲くが、再スタートの目玉として、スキャンダルでメンバーの1人が芸能界を引退した男性歌謡グループ「純烈」の出演が実現しそうだ。

「しくじり先生」は2014年10月から深夜帯でスタートした。ゴールデンタイム(G帯)に昇格した15年4月には、ホリエモンこと実業家堀江貴文氏が出演したのを皮切りに、17年9月の最終回でボクシングの亀田史郎氏・興毅氏親子が登場するなど、過去に挫折や失敗にブチ当たった各界の著名人が「先生」として担ぎ出され、涙あり笑いありの熱弁を振るった。

 一時は絶大な支持を得たが、その後はネタ切れ感が否めず、「先生」の“資格”はあっても元プロ野球選手の清原和博氏やタレントのベッキーのように“教壇”に立つには様々な問題から出演に至らないケースも少なくなく、打ち切りに。それ以降は単発の特番として放送されてきた。

 しかし、人間はやはり失敗する生き物。同番組の最終回から1年半の間にも、各界の著名人がしくじりを重ねて世間を騒がせ“先生候補”が次々と現れている。

 その受け皿のためにも“休講”を経て、満を持してのレギュラー放送復活となる予定だが、まずはG帯ではなく深夜帯で返り咲くことになった。
「G帯だとスポンサーがらみで『先生』の人選が厳しくなる。より自由度の高い深夜帯に配置された方が番組がおもしろくなるという判断だろう」(テレビ局関係者)

 G帯の「金曜☆ロンドンハーツ」も同様の理由で、今年4月から火曜午後11時20分スタートに枠移動になる。

 再スタートを切る「しくじり先生」の“先生候補”としては、スポーツ界では大相撲・元貴乃花親方の花田光司氏、日本ボクシング連盟の山根明前会長、芸能界では「とろサーモン」久保田かずのぶ&「スーパーマラドーナ」武智正剛あたりが考えられているという。

 中でも目玉として浮上しそうなのが、メンバー友井雄亮(38)がスキャンダルで芸能界を引退し、4人での活動を余儀なくされた純烈だ。

「純烈は、全く売れず苦しかった下積みを経て、地道な営業でおばさまファンを獲得し、昨年大みそかに『NHK紅白歌合戦』の初出場を飾った。その直後にメンバーが脱退する憂き目に遭った。残された4人もそれぞれ、まだ明かされていない“しくじった過去”があるらしい。番組側は今後、オファーすることになりそうだ。張本人の友井の出演はかなわないが、4人が経験を語り尽くせば視聴者に響くはず」(同)。本紙既報通り、友井のスキャンダルを受けて開いた純烈のリーダー酒井一圭(43)をはじめとする4人の謝罪会見が世間に好感をもって支持され、良くも悪くもグループの宣伝になり、仕事が増えている。今回の「しくじり先生」もその一つと言えそうだ。

 一方「デイリー新潮」も純烈がバラエティー番組に“復帰”する時期、場として今春の「ダウンタウンDX」(日本テレビ系)や「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」(TBS系)を挙げている。両番組に出演すれば、MCを務める松本人志や中居のイジりでグループの再始動を後押ししてもらえそうだ。

 純烈の4人は、本社制定「第28回東京スポーツ映画大賞」と同時表彰の「第19回ビートたけしのエンターテインメント賞」で話題賞の受賞が決まったばかり。

 こうした応援の余勢をかって、再び“開講”する番組の教壇に立つ「しくじり先生」が実現しそうだ。
ラベル:しくじり先生
posted by こばぴ at 13:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月30日

リレーアタック

鍵穴に差し込まなくても車のドアを解錠したりエンジンをかけられる「スマートキー」の機能を悪用した自動車盗の新手口が、国内で確認された。特殊な機器を使い車から出る微弱な電波を増幅させ、離れた場所にある鍵まで電波を中継(リレー)して解錠する「リレーアタック」と呼ばれる手口。専門家は「すでに被害が拡大している可能性がある」と注意を呼び掛けているようです


昨年9月下旬、大阪府東大阪市内の民家。深夜に白いマスク姿の男がアンテナの付いた機械を民家に向けると、ガレージにとめられたトヨタの高級車「レクサス」のハザードランプが点滅した。防犯カメラには車のドア付近にもう1人の姿が写っており、解錠までわずか5秒ほどだった。

車の所有者の男性(37)によると、車の鍵は自宅2階のリビングに置かれており、車との距離は約10メートル。犯人はエンジンの始動に失敗するなどして逃走したが、男性は「怒りよりも、こんな簡単に盗まれるのか、という驚きの方が大きい」と話した。

スマートキーは、車から出る微弱な電波を鍵が受信し、鍵から発信される電波と一致すればドアが解錠され、鍵穴に差し込まなくても始動ボタンを押せばエンジンがかかる仕組みだ。

男らが行ったリレーアタックは、まず1人が車から出る電波を特殊な機械で増幅させ、もう1人が鍵が保管されている家のそばで増幅された車の電波を「中継」し受信。車に「鍵が近くにある」と誤認させ、解錠するというもの。欧米では数年前から被害が出ているが、警察庁によると、これまでに国内で被害の発生は確認されていなかった。

すでに被害多数か

ただ、自動車評論家の国沢光宏さんは、「日本のスマートキーの普及率は欧州より高い。リレーアタックは痕跡や傷が残らず、たとえ盗難車が発見されても手口の特定は難しい」と指摘。国内でもすでにリレーアタックによる被害が起きている可能性を示唆する。

警察庁によると、平成29年の自動車盗の認知件数は1万213件。このうち鍵がない状態で盗まれたケースは7割を占めている。特に盗難が多いのはトヨタのハイブリット車「プリウス」で、スマートキーを搭載しているものが多い。多くがリレーアタックで盗まれていた可能性がある。

電波を増幅させる機械は安価で入手できる。スマートキーは電波を受信した際にIDで車とキーが合っているか照合しており、窃盗グループは車を盗んだ後、何らかの方法でIDを書き換え、別の鍵で開けられるようにしているとみられる。

対策は

被害を防ぐためには、電波を遮断することが有効だ。国沢さんは「家の中に鍵を置く場合、電波を遮断するアルミや鉄などの缶の中に入れて保管したり、家の外にいるときは電波を遮断するポーチなどに入れる必要がある」と話す。

自動車用品販売店などでも電波を遮断する専用のポーチなどを販売している。窓際や玄関など車に近い場所に鍵を置かないなども対策の一つだ。自動車メーカーでは鍵から電波を発信しないようにできる「節電モード」も導入している。

リレーアタックの危険性を指摘してきた自動車用品販売店「エムズスピード大阪」(大阪府)の担当者は「これまでスマートキーは安全だと思われてきた。車の所有者が防犯への意識を高めることが重要だ」と話す。

防犯向上も新手口次々に

盗難防止装置の普及や防犯意識の向上により、自動車盗の認知件数は平成15年の約6万4千件をピークに年々減少している。ただ、装置の弱点をつく新たな手口も次々登場し、「いたちごっこ」が続いているのも現状だ。

かつて自動車盗といえば、窓ガラスを割ったり工具を使うなどしてドアをこじ開け、電気配線を直結させてエンジンをかけて持ち去るほか、レッカー車で持ち去るといった荒っぽい手法が主流だった。

平成12年ごろには、車と鍵に事前登録したIDを照合し、一致する場合のみエンジンを起動させることのできる「イモビライザー」が登場。すると、暗号化されたIDを無効化し、別の鍵でもエンジンを始動できるようにする「イモビカッター」などの解除機器が出回るようになった。

その後、スマートキーの登場で防犯機能は格段に向上したが、今度は鍵の紛失などで合鍵を作る際に用いられる車のコンピューターにアクセスする機器「キープログラマー」を悪用し、IDを初期化したり書き換えて別の鍵でエンジンを作動させ、車を盗む手口が昨年確認された。リレーアタックもこうした最新の手口の一つだ。

posted by こばぴ at 18:50| 自動車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月29日

十二人の死にたい子どもたち

25日に公開となった新作映画『十二人の死にたい子どもたち』が27日までの3日間で興行収入3億3,921万8,900円を記録。観客動員は26万3,398人で、配給元は「累計興収20億円の突破も視野」としているようです

 初日3日間の興収の数字は昨年スマッシュヒットを記録したサスペンス映画『スマホを落としただけなのに』(最終興収:19.4億円)の対比で112%。客層のメインは10代の中高生から20代前半の大学生で、特に中高生は3〜4人以上のグループでの来場やカップルでの来場が目立っているという。

 TwitterなどのSNSには俳優たちの演技合戦に対する感想や、予想外の結末への驚きの声など多数の声が寄せられている。新宿ピカデリーの関係者は「内容もゲーム性の高いハラハラドキドキの謎ときから、予想外の結末に意外の感動があるので、今後は若年層から30代以上の世代が動き始めるのも期待できるのでは」とコメントしている。

 同作は作家・冲方丁のサスペンスを堤幸彦監督が映画化し、杉咲花、新田真剣佑、北村匠海、高杉真宙、黒島結菜、橋本環奈といった若手人気俳優たちが集結した作品。安楽死を望んで廃病院に集まった少年少女が死体を発見し、疑心暗鬼に陥っていく。
posted by こばぴ at 14:41| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月28日

マイナーチェンジで大変身

ほとんどのクルマは新型がデビューすると数年でマイナーチェンジを行ないます。理由としては時間が経つにつれて失われてしまう、商品力をアップさせるためということが多いでしょう

 昔はフルモデルチェンジの周期は4年ほどで、マイナーチェンジは2年というのが定番でした。現在は新車が出ると10年近く売るのが珍しくないので、何度もマイナーチェンジを行なうこともあります。

 ひとくちに「マイナーチェンジ」といっても種類はいくつかあります。通常マイナーチェンジで行われる内容は、安全装備の追加などメカニズムに関わる変更、サスペンション設定やエンジンコントロールの改善、カラーリングの追加や変更などにとどまります。

 しかし、フルモデルチェンジではないものの「フェイスリフト」とも呼ばれるように大幅な外観デザインの変更や、エンジンやトランスミッションの更新など大規模な変更が行われる、通称「ビッグマイナーチェンジ」や、もっと細かな変更が毎年のように行なわれる「年次改良」といわれるものもあります。

 そこで、フルモデルチェンジではなく、マイナーチェンジでガラッと印象を変えた国産車のなかから、5車種をピックアップして紹介します。

まるで別のクルマ!? マイナーチェンジで大変身したクルマ5選
「プリウス」はデザイン変更で復調するか
●トヨタ「プリウス」

 現行のトヨタ「プリウス」は4代目として2015年に発売されました。先代からボディサイズを大きくしたにも関わらず、燃費も向上させるなど、トヨタとしては自信作だったはずです。

 ところが、販売台数は先代までの勢いがなく失速感は否めませんでした。とくに北米の評価で顕著だったのがデザインについてです。

 デザインの意匠を変更し、後に発売された「プリウスPHV」がおおむね好評だったこともあり、余計に「プリウス」のデザインが酷評されてしまいました。

 そこで、2018年12月、ついに前後のデザインを変更することになり、ロサンゼルスモーターショーで発表されました。

 これまで縦基調だったヘッドライトとテールライトを横基調に変更し、それに伴いバンパーなども改修され、大きく印象を変えています。

 現時点(2019年1月)では、まだ本格的なデリバリーが始まっていないため不明ですが、販売台数がどうなるか注目です。

●三菱「デリカD:5」

 三菱「デリカD:5」のデビューは2007年で、じつに10年以上ものロングセラーなモデルとなっています。

 ミニバンでありながら本格的な4WDシステムを搭載し、優れた悪路走破性を実現。後にクリーンディーゼルエンジンが追加されるなど、唯一無二のミニバンSUVとして、アウトドア好きのファミリー層に絶大な人気を誇っていました。

 しかし、一般のユーザーからは日産「セレナ」やトヨタ「ノア」3兄弟や、「アルファード/ヴェルファイア」の方が、使い勝手やデザインなどトータルで人気があるのが実情です。

 そこで「デリカD:5」は2018年11月に大規模なデザイン変更が行なわれるに至りました。これまでのオフロードをイメージするようなアクティブな印象から、都会的な重厚感をもたせたデザインに。

 評価は賛否両論あるようですが、従来型(ガソリン車のみ)も併売されるので、選択肢は残されています。

まるで別のクルマ!? マイナーチェンジで大変身したクルマ5選
外装の変化も大きいが内装も多く手が入れられた「プロボックス/サクシード」
本当にマイナーチェンジ? と思わせた「プロボックス/サクシード」
●トヨタ「プロボックス/サクシード」

 トヨタを代表するビジネスバンといえば「ハイエース」と「プロボックス/サクシード」ですがどちらも10年を軽くオーバーするロングセラーです。もともと商用車は新型が出ると長く売るのが一般的で、細かな改良は2年から3年ごとに行なわれています。

 しかし、2014年に「プロボックス/サクシード」はマイナーチェンジとは思えないほどの変更を受けることになりました。

 まず、先代まで「プロボックス/サクシード」は前後のデザインと、内装、積載量、全長が異なっていましたが、マイナーチェンジを期にエンブレム以外統一されます。

 そして、フロントのデザインと内装のデザインは完全に変更されました。内装は先代以上に使う人に寄り添うアイデアが盛り込まれています。衝突被害軽減ブレーキなどの先進安全装備も搭載されています。

 また、2018年8月にはハイブリッド車もライナップに加わりました。

 2002年に発売され17年も経ちますが、マイナーチェンジを受けたことでまだまだ現役を続行することになりそうです。

●スバル「インプレッサ」

 スバル「インプレッサ」というとラリーに代表されるモータースポーツでの活躍で、走りを重視するユーザーに絶大な人気を誇ったモデルです。

 現在販売されている「インプレッサG4/スポーツ」は、かつてのポジションを「WRX」に譲り、オーソドックスなセダン、ワゴンとなっています。

 その「インプレッサ」ですが、これまで高性能版である「WRX/WRX STi」グレードのアップデートと併せて、大規模な改修を行なった歴史があります。

 とくに顕著だったのが2000年から2007年まで販売されていた第二世代です。

 2000年のデビュー時は円形のヘッドライト(通称:丸目)でしたが、2002年には横長型(通称:涙目)、2005年につり上がった精悍な印象(通称:鷹目)へと、変化しました。

 これだけ短期間に変更を繰り返したのは、やはりデザインが不評だったということがあったようです。

 なお、ヘッドライトの形状変更は、ボンネットやフロントフェンダーの造形にも影響がありますので、コストも相当かかっていたと思います。

まるで別のクルマ!? マイナーチェンジで大変身したクルマ5選
だいぶイカツイ印象となった「フーガ」
販売台数の少ないモデルでもテコ入れ
●日産「フーガ」

 現行モデルの日産「フーガ」は2代目で、2009年に発売され今年でもう10年経ちます。

 メイングレードは3.7リッターV6エンジンと、3.5リッターV6エンジンをベースとしたハイブリッドのモデルで、日産のフラッグシップカー「シーマ」のベースにもなっています。

 デビューから6年経った2015年にマイナーチェンジが行われることになったのですが、この時に日産は公式に「ビッグマイナーチェンジ」とアナウンスしています。

 外観ではフロントとリアのデザインが大きく変わり、押出しの強さが増しています。これにあわせてエンブレムを「日産」から「インフィニティ」に変更されました。

 メカニズム的には先進安全装備の機能が大幅に向上しています。

 ライバルの「クラウン」に対して販売台数がかなり少ない「フーガ」が、これほどの変更を行なったのはなぜでしょうか。

 高級車として線が細かったということがあったと思いますが、おそらく主戦場である北米からのリクエストも強かったのでしょう。
posted by こばぴ at 14:21| 自動車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月26日

ゾンビが来たから人生見つめ直した件

1月クールのNHKドラマが、なぜか攻めている。1つは、特撮ファンもうなる本気のクオリティを誇る、小芝風花主演の特撮好きOLの物語『トクサツガガガ』。そして、もう1つは、NHKとゾンビの異色コラボ『ゾンビが来たから人生見つめ直した件』(ゾンみつ)だ

■『カメラを止めるな!』人気便乗に見えて、70〜80年代空気を漂わせる

 このタイミングで「ゾンビモノ」と聞くと、「NHKも『カメラを止めるな!』人気に便乗したか」と思う人も多いだろう。実際、冒頭で、路上で酔いつぶれた女性にカメラを向けたYouTuberが、その様子が「危ない」ことに気づくと、狂喜しながらカメラを回し続ける様子は、『カメ止め』を意識しているかのようにも見える。しかし、いかにも今どきに見えて、この作品、むしろ1970〜1980年代の空気を漂わせている。

 物語の舞台は「なんの取り柄もないつまんない田舎」。平成元年生まれのみずほ(石橋奈津美)は、東京の大学に行ったものの、地元で先輩と再会し、結婚。ダンナ(大東俊介)の浮気で別居し、地元の同級生・柚木(土村芳)と美佐江(瀧内公美)と同居している。何もない、いつもの朝食風景のなか、テレビでは近所の山中の研究施設が炎上したというニュースが流れるが、3人は「ミサイルが飛んで来たら?」「通り魔が襲ってきたら?」などとたわいのない話で盛り上がるばかり。そして、通り魔が襲ってきたら、と言う問いに対し、みずほは言う。

「私は諦めるな。目の前に迫ってきたら、こうしちゃう(大の字で寝る)。その通り魔って、無我夢中なんだよね? 無我夢中は無理。私はどこまでいっても理性が働いちゃって、こうするしかできないと思うし、そんな私が無我夢中で戦っても勝てないと判断しちゃうと思うんだよね。下手に抵抗したら、余計痛い思いしそうだし、だったらひと思いに上手いことお願いしますって感じかな」

攻めるNHKの本気度が映る、斬新かつ原点回帰のゾンビドラマ『ゾンみつ』
『ゾンビが来たから人生見つめ直した件』(C)NHK
■ゾンビモノの素朴な感想「どうせ死ぬなら楽に死にたい」が原点に
 実はこの視点、ゾンビモノをそれなりに観てきた人なら、一度は考えたことがあるものではないだろうか。なぜって、ゾンビから必死で逃げ惑う人は、ずっと恐怖にさらされた緊張状態にあるのに対し、「早々にゾンビ側にいった人」は、一瞬の恐怖を味わった後には「思考力をなくしてただ標的を追い詰めるだけ」の楽勝状態に見えるから。

 しかも、ゾンビ側がどんどん増殖していくことにより、むしろ「そっちが普通」にも見えてくる。だったら「いっそ痛い思いをせずに」「噛まれる前に気絶しておきたい」と思うのも不思議ではない。

 ちなみに、番組公式サイトによると、このドラマが作られたきっかけも、松川博敬チーフ・プロデューサーが自宅でゾンビ映画を観ているときに中学生の娘に言われた「なんでこんなに必死に逃げてるんだろう?」「ワタシはどうせ死ぬなら楽に死にたい」というつぶやきだったという。

■「ゾンビ」に侵されていく感覚を「パイナップル」で表現する脱力感と斬新さ
 ところで、「ゾンビモノ」ということで、この作品に恐怖を期待して観ると、肩透かしを食らってしまうだろう。なぜならアラサー女子のダベリから始まり、日常にゾンビがヌルっと入ってくる様は、すっとぼけた味わいで、ゾンビそのものもB級感たっぷり。わかりやすい怖さではないからだ。

 例えば、三又又三が「酔っぱらってる女の人」を心配して声をかけたら、噛まれるところから「増殖」は始まっている。だが、それも「噛まれた!」=即ゾンビではない。なにしろ日常生活のなかには「ゾンビ」という発想自体がないのだから当然だが、会社に到着し、顔色がどんどん黒ずんでクマが出ているが「体調悪い」と呟くくらいで、何も気づかず、いつものように部下にセクハラギャグをかましたり、「パイナップルのニオイがするなあ。誰か食べてるだろ?」などと言ったりするトボけぶりだ。むしろ「パイナップルのニオイ」から腐敗臭を想像させるところに、遠回しな怖さがある。

 外を自転車で走りつつ、ローテンションで「ああ寒い。死にたい」という脈絡のないつぶやきをサクッとするみずほ。そして、「死にたいわけじゃないけど、ホントにいつ死んでも良いと思ってて、だったらなんで生きてるんだろって思うけど、『なんで』がないと生きてちゃいけないの?とも思う」とつぶやく。

 このつぶやきにハッとさせられる視聴者も少なくないのではないだろうか。しかし、これまで何の執着心もなく、損得勘定のみで淡々と生きてきたみずほが、ゾンビに襲われそうになり、本当に「大の字で寝て、気絶したいと思いながら」状況を受け入れようとするとき、「いつ死んでもいい」と思っていたはずなのに、身体のなかでじわじわと炭酸がはじけるような感覚を覚える。

 そこで初めて「生」を意識し、初めて「きゃ〜」と絶叫するところで1話は終わる。表題にあるように、第2話からが本筋のスタートだろう。そこでは、現代社会のブラックさとともに人間の滑稽さやたくましさがシニカルに描かれていきそうだ。

■ヒューマニズムやブラックな笑いはロメロ作品風?
 ゾンビものとしては淡々としていて、チープなおかしさもある本作。ゾンビの怖さより、むしろ襲われる側の心理描写のほうに重きを置いている作りは、ジョージ・A・ロメロ監督の『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968年)とゾンビ第2弾『ゾンビ』(1978年)を連想させる。ロメロ監督といえば、古くからあるゾンビ像に、吸血鬼システムの「ゾンビに殺された者もゾンビ化する」という要素を追加し、現行のゾンビフォーマットを作り上げた人物である。

 後にこのフォーマットが延々とこすられ、絶叫系ホラー、スプラッタが量産されていくことになるが、逆に量産型の絶叫系、スプラッタ系を見慣れている人が原点のロメロ作品を観ると、あまりに淡々としていて怖さがなく、またB級感もあって、衝撃を受けることも多いようだ。

 本作は、後の量産型ゾンビ作品群とは異なり、昔のヒューマニズムが主題になっているロメロ風味を感じさせる。脚本を担当しているのは、NHKの埼玉発地域ドラマ『越谷サイコー』で脚本を務めた、演劇ユニット「MCR」を主宰する脚本家・演出家の櫻井智也氏。本作で連ドラ初挑戦となり、並々ならぬ意気込みで取り組んでいる。

 懐かしいゾンビの原点のニオイを漂わせつつも、新鮮な印象を与える『ゾンビが来たから人生考えなおした件』。NHKが本気で制作するゾンビドラマは、今クールのダークホースになるかもしれない。
posted by こばぴ at 13:28| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月25日

昭和のクルマあるある

2019年になり、平成も終わりを迎えようとしています。その昔、昭和のクルマにおいては一般的だった装備や日常的に行われていることがたくさんありました

 時代や社会の変化とともになくなってしまった、または、なくなりつつある懐かしのあれこれ5選をご紹介します。

●5ボタンが並ぶアナログ選局ラジオ

 1980年ごろから日本車のオーディオも欧州と同様に、「DINサイズ」と呼ばれた180mm×50mmサイズの規格に沿ったものが増えてきました。

 それ以前は150mm×50mmのユニットサイズやとくに規格統一されていないものもあり、よく見かけたのはダッシュボードに左右に丸いダイヤルと間にプッシュ式5ボタンのカーラジオが埋め込まれていたクルマです。

 多くのカーラジオは、右側の丸いダイヤルが電源とボリューム兼用で、一度押すと電源ON、もう一回押すと電源OFF、右に回せば音量が大きくなり、周囲にあるリングが音質の調整になっていました。

 1970年頃からは、高級車や上位グレードの車両ではプッシュ式5ボタンラジオでもFM放送が受信可能なものも登場。当時は、首都圏のFM放送局といえば「FM東京」と「NHK-FM」しかなかった時代のため、FMは2つで十分だったと思われます。

 選局方法などは、AMのみの5ボタンラジオと同じでしたが、左側の丸いチューニングダイヤルの周囲にあるリングが左右の音量バランスになっているものが多く存在していました。

●時速105kmを超えると鳴る速度超過警告音

 日本で生産されて国内で使用するクルマには、1974年(昭和49年)から速度超過警告ブザーが装着されていました。普通乗用車では車速が約105km/h、軽自動車では約85km/hを超えた際にドライバーに警告するためのものです。

 初期の頃は、メーター裏に装着された小型の鉄琴を鳴らす仕組みになっていて『キンコン』と軽やかな音を発するものがほとんどでした。

 また、1980年(昭和50年代後半)頃からは電子音のブザーが鳴る車種も増えましたが、アナログ式のスピードメーター装着車は、ブザーに接続されているケーブルを簡単に外せる車種が多く存在。

 メーター周りを分解できる人なら簡単に警告音ブザーを解除することも可能でしたが、1986年(昭和61年)に装備の義務付けが廃止されて終焉を迎えました。

昭和の頃は、エンジンを止める前にアクセルを踏んでエンジン回転数を上げる「ブリッピング(空吹かし)」をするドライバーが多くいました。

 その理由のひとつとして、1960年代半ば(昭和40年代)頃まではキャブレターと呼ばれる機械式の燃料供給装置が主だったことです。

 ブリッピングする理由は、次回のエンジンスタートの際に燃焼室にガソリン成分が残っていて始動しやすいようにするためという人もいます。

 実際、高出力エンジン搭載車の場合には、大口径のキャブレターを装着されていた車種が多く、クルマを止める直前に低回転で走行していると供給される燃料に対する燃焼のバランスが崩れ『プラグがカブる(燃料やスラッジによってスパークプラグの着火が悪くなる)』ことを嫌っていたことがその始まりです。

「そういえばあったね!」 昭和では当たり前だったクルマあるある5選
雪道の性能的には抜群だったが、デメリットが多かったスパイクタイヤ
クルマ業界は凄まじい進化を遂げている
●スパイクタイヤ

 当時は、当たり前のように装着していたスパイクタイヤは、1991年以降に特別な状況やクローズドの競技以外での使用は法律で禁止されています。

 スパイクタイヤの販売は1985年がピークでしたが、凍結路での走行ができるようにタイヤの接地面に金属製の鋲を打ち込んでいました。

 そのため、路面標示の損傷やアスファルトを削って巻き起こす粉塵が地域住民の健康に悪影響を与えると判断され、1990年に「スパイクタイヤ粉じんの発生の防止に関する法律」が発布されます。

 凍結路でも氷に鉄のスパイクを履いて歩いているような安心感があったスパイクタイヤも、社会情勢によって存在を継続できなくなりました。

●バッテリー補充液

 最近では見かける機会が減りましたが、昭和の頃はカー用品店やホームセンターなどには『バッテリー補充液』のボトルが何種類も販売され、売り場の一角を占めていました。バッテリー内の電解液が減った場合は、精製水もしくはバッテリー用補充液を補充する必要があったからです。

 その後、バッテリー液の減りが少ないメンテナンスフリーバッテリーが登場すると補充の必要が大幅に減りました。まして、昨今のハイブリッド車やアイドリングストップ車のように密閉型の専用バッテリーが搭載されている車種に乗っている方にはほぼ関係のない話になっています。

 ただし、メンテンナンスフリーバッテリーでもバッテリー液が減らないことはありません。車両側の充電装置にトラブルがあればバッテリー液の著しい減少を招きます。

 点検窓の確認や光に透かしてバッテリー液の減りがあると感じた場合は、故障している可能性もあるので早めに修理工場に相談した方が良いでしょう。


 昭和を知る世代には、『あるある』と懐かしくなるものを紹介しましたが、いま当たり前のものも次の世代になれば懐かしくなるものに変わります。クルマを通して当時を思い出すのも良いかもしれません。
posted by こばぴ at 12:32| 自動車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月24日

空飛ぶ車

米航空宇宙機器大手ボーイング(Boeing)は23日、「空飛ぶ車」と称される試作機の初の試験飛行に成功したと明らかにしたようです

試作機は同社の「オンデマンド自動運転航空輸送」開発プロジェクトの一環。

 ボーイングの発表によると、電動垂直離着陸機(eVTOL)の試験飛行は22日、米首都ワシントン近郊で実施された。

 全長約9メートル、幅8.5メートルの試作機は離陸から着陸まで完全自動運転する設計で、最大飛行距離は80キロ。推進・翼の両システムを統合することにより、ヘリコプターのようなホバリング(空中停止)や前進が可能となっている。

 ボーイング傘下で技術開発を進める「オーロラ・フライト・サイエンシズ(Aurora Flight Sciences)」のジョン・ランフォード(John Langford)社長兼最高経営責任者(CEO)は、「これぞ革命の姿だ。自律性が理由だ」とし、「自律性が保証されれば、静かでクリーンかつ安全な都市型の航空移動が可能となる」との見方を示した。

 自律飛行による個人向け航空輸送車両の開発はボーイングの他、米配車サービス「ウーバー(Uber)」や米グーグル(Google)の共同創業者ラリー・ペイジ(Larry Page)氏が支援する新興企業など、米国や世界で数社が進めている
ラベル:空飛ぶ車
posted by こばぴ at 13:05| 自動車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月23日

スバル 操業を停止

スバルが16日から、国内唯一の完成車工場である群馬製作所(群馬県太田市)の操業を停止していることがわかった。部品メーカーから調達している主要部品に不具合が見つかり、不具合の原因の調査が進まずに部品の供給が滞っているためという。影響はすでに1万台以上にのぼるとみられ、顧客への納車にも遅れが出ている。

 スバルが22日、朝日新聞の取材に対して明らかにした。ハンドル操作を助ける電動パワーステアリングに、今年に入って不具合が見つかった模様だ。群馬製作所は昼夜2交代の生産体制をとっており、16日夜から操業を停止した。日曜で休日だった20日を除き、22日まで生産は再開できておらず、23日も生産を止める。国内の完成車生産がすべて止まる事態に陥っており、本格的な操業再開のめどは立っていない模様だ。

 群馬製作所では、小型車「インプレッサ」、SUV(スポーツ用多目的車)「フォレスター」、トヨタ自動車ブランドの「86(ハチロク)」など9車種を生産している。不具合が見つかったパワステは生産車種の大半に使われているとみられ、スバル独自の性能基準を満たす代替品をすぐに調達するのは困難な模様だ。

 スバルは問題の部品について「現在原因を調査中で、詳細に関してはコメントできない」としている。
posted by こばぴ at 13:48| 自動車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月22日

藤田杏奈

1990年代後半から2000年代にかけて、ギャルのバイブルとして渋谷ファッションシーンをけん引した伝説のギャル雑誌『egg』(大洋図書/2014年に休刊)。その読者モデルとしても活躍した藤田杏奈は、数々の有名ギャルを輩出したオーディション「D-1グランプリ」(現:女子高生ミスコン)で2009年度のグランプリを受賞。14歳ながらトップモデルとして活躍し、2011年9月3日には16歳で史上最年少アパレルブランドディレクターとして就任するなど、当時の“読者モデルバブル”を経験したひとり。酸いも甘いも経験した波乱万丈の10年間について振り返ってもらったそうです

■『egg』はカルチャー誌だから個性を見せる場所「違うキャラを演じるのは違うと思った」

――『egg』モデルになったのは何歳の時ですか?

【藤田杏奈】14歳の時でした。きっかけは「D-1」(ギャルサークルのミスコン)。当時は『egg』を読んだこともなかったし、読者モデルになんて全然興味がなかったんです。

――では、「D-1」に応募した理由は?

【藤田杏奈】友達が勝手に応募していて。だから友達とは大喧嘩しました(笑)。ただ、そのままトントン拍子でミスコンを取って、流れで『egg』モデルになって。元々目立ちたがり屋だから、モデルもいいかなって(笑)。

――喧嘩した友達に感謝ですね。

【藤田杏奈】恩人ですよね(笑)。当時の『egg』の看板モデルはろみかな(ろみひ&川端かなこ)。『men’s egg』は梅しゃんとかJOYさんとかまだギリギリいたのかな。

――当時はガングロギャルが多かったと思います。藤田さんはどんなギャルだったんですか?

【藤田杏奈】私もコテコテのギャルでした。髪型もスパイラル(螺旋階段のようなカールヘア)だったし。“強い”とか“悪っぽい”のがカッコイイと考えるギャルでした(笑)。

――ただ、当時の『egg』は“ヤンチャ”なカルチャー誌で、藤田さんのようなクールなタイプとは少し路線が違いますよね。

【藤田杏奈】ファッション撮影の時、スタッフによく「ちゃんと笑って」って言われたけど、でも私は笑わなかった。だから編集の人と超喧嘩してた(笑)。“藤田杏奈”っていう私のキャラがあったから、そこに別のキャラを乗せるのは違うかなって。だって、『egg』ってギャルの個性を見せる雑誌だから、自分を貫きたかったんです。みんなが可愛らしい盛りヘアにするなら、私はあえてサイドを刈り上げてみたり、そんなタイプでした(笑)。

■ギャル同士のケンカは正面突破!? 「ギャルは思ったことを本人に直接言っちゃう」
【藤田杏奈】中学の時から同い年の友達が少なくて、年上と一緒にいることが多かったんです。

――それで先輩への礼儀はしっかりしていたと。

【藤田杏奈】絡む先輩も20代とかだったから、礼儀とか締めるところはちゃんと締めてました。ベースは生意気なんだけど、ちゃんと挨拶しなきゃただの“クソガキ”じゃんって。

――『egg』に入って背伸びをしたんじゃなくて、地元での先輩後輩の関係で、自然と年上を敬うようになってたんですね。女性だけのグループって色々と難しいのかなって想像しがちです。モデル間のイジメ、嫌がらせとかはありましたか?

【藤田杏奈】イチミリもない!なんでかっていうと、ギャルは直接言っちゃうから(笑)。当時のギャルってちょっと尖っていて、根性がある人がギャルになってた。モデル同士でもちろん好き嫌いはあるし、ケンカだってするけど、正面からやりあってた(笑)。陰湿な嫌がらせとか、追い落とそうってのは無くて、それがギャルマインドのいいところかも。

■ギャルを突き通すのが不可能だけど、“ギャルマインド”の根本はブレたくない

――14歳で読者モデルになって10年経ちましたが、自分にとって一番大きな出来事は?

【藤田杏奈】16歳で自分のブランドをやらせてもらえたことは人生のターニングポイントかな。でも、一番は事務所のありがたみというか、周りの人の支えを理解できたこと。上手くいかない時に支えてくれた人がいて、自分は恵まれているなって。

――読者モデル時代は自分優先だったけれど、それが変わった?

【藤田杏奈】ブランドでも、芸能の仕事でもそうだけど、大人のサポートのありがたみが分かってなかった。元々、バイト経験もないなか14歳で『egg』モデルになって、その後すぐに事務所に入ったから、“仕事が来るのが当たり前でしょ”って勘違いしていたんです。実際は、仕事1つにしても、マネージャーたちが走り回って営業をかけて、やっとの思いで持ってきた仕事なんだけど、全然理解していなくて…。

――そして、19歳の時にファッション雑誌『JELLY』(ぶんか社)の専属モデルになりましたね。

【藤田杏奈】モデルとして数年間くすぶっていた中で『JELLY』がチャンスをくれたんです。事務所も遊びじゃないしビジネスだから、私を切り捨てることも簡単にできたはず。それでも見捨てないでいてくれて、こうしてチャンスを作ってくれて、それで今があるのかなって。

――読者モデルになって10年になりました。今後をどう見据えていますか?

【藤田杏奈】目標は色々とあるけど、“自分の根本”である雑誌モデルは辞めたくない。モデルとしての経験はたかが10年だけど、今の私を作ってくれたのはギャル雑誌っていうカルチャー。『egg』や『JELLY』があってこその私だから、その芯のところはブレたくない。

――ギャルのマインドはこれからも変わらないと。

【藤田杏奈】自分の芯が崩れるのはヤダ。24歳だし、もう子どもじゃないからギャルを突き通すのが不可能なのは分かってるけど、“自分らしく生きる”っていう、根本のところはブレたくないです。
ラベル:藤田杏奈
posted by こばぴ at 15:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする